業界51年、76歳の曳家職人に聞いた。「好きだから続けてこれた」

曳家職人インタビュー 業界51年・76歳の職人のイメージイラスト

恩田組には、51年この世界で働いてきた職人がいます。

76歳。
現場を知り尽くした、恩田組のレジェンドです。

レジェンドKさん

建物を壊さずに持ち上げ、そのまま別の場所へ動かす「曳家(ひきや)」。

建物の重さも、形も、地盤も、現場の条件も一つひとつ違うため、教科書どおりにはいかない仕事です。

では、その技術をどうやって身につけてきたのか。

これまで手がけてきた現場や、仕事を続けてきた理由、そしてこれから入ってくる若い人への思いを聞きました。

目次

始まりは、溶接の派遣

最初から曳家の職人だったわけではありません。

もともとは溶接が専門。
派遣として、恩田組の現場に約6年間通っていました。

現場で仕事をするうちに、「もっとステップアップしたい」と思うようになり、恩田組へ入社します。

当時の親方には、とてもよくしてもらったそうです。

まだ社員になる前から、海外旅行に連れて行ってもらったこともあり、それは今でも思い出に残っていると話してくれました。

そうして恩田組に入り、曳家の仕事に携わるようになってから51年。

数え切れないほどの建物を動かしてきました。

1,500トンの建物を、100m動かす

これまでで一番大きかった仕事は、RC(鉄筋コンクリート)3階建てのマンションです。

重さは、約1,500トン。

その建物を壊すことなく、約100m移動させました。

工事にかかった期間は、およそ2カ月。

建物を動かすと聞くと、ゆっくり何日もかけて少しずつ進むイメージがありますが、準備が整った状態なら、1日に最大20mほど動かすこともあるそうです。

建物はジャッキを使って押していきます。

そのため、移動する速さを左右するのは、建物そのものの大きさというよりも、ジャッキを伸ばしては次の位置へセットし直す、その作業の積み重ねです。

建物の下には、移動する方向に合わせてレールや設備を組みます。

方向を変えるとなれば、それまでとは違う向きに、もう一度移動のための準備を整えなければなりません。

しかも相手は、大きなRC造の建物。

「建物が大きかったから、大変だった」

本人はさらりと話しますが、そのひと言の中に、長年の経験が必要な仕事だったことが伝わってきます。

技術は進歩しても、最後は人が考える

51年間で、仕事のやり方も変わってきました。

昔は人の手に頼っていた掘削や運搬などの作業も、今では重機や機械を使うことが増え、現場の安全性や作業効率は大きく向上しています。

ジャッキや測定機器など、曳家を支える道具や設備も進歩しています。

ただ、どれだけ機械や道具が進歩しても、それだけで建物を動かせるわけではありません。

どこを支えるのか。

どこに力をかけるのか。

どういう順番で作業するのか。

建物の状態や現場の条件を見ながら、その場で判断していく部分は、今でも職人の経験が大きくものをいいます。

そして、この職人が長年続けてきたのが、現場に合わせた「道具づくり」です。

市販されている道具だけでは、うまく対応できない現場もあります。

そんなときは、

「こういうものがあったら、もっとやりやすい」

「この現場なら、こんな形が必要だ」

と自分で考え、実際に作ってしまいます。

これまで作ってきた道具は、40〜50種類ほど。

同じ建物は、二つとありません。

建物の形も違えば、地盤も違う。
動かす距離も方向も、周囲の条件も違います。

だから、同じ段取りでできる現場も二つとありません。

そのたびに考え、試し、必要なら道具まで作る。

「どうしたらうまくいくか」を考えること自体が、この仕事の面白さでもあったそうです。

まず、建物から感じる

初めての現場に入ったとき、大切にしていることがあります。

それは、「まず建物から感じること」。

建物の形や構造、使われている材料を見ながら、

「これは、どういう建物なのか」

というところから考えていきます。

作業が始まってからは、目で見るだけではありません。

音にも気を配ります。

いつもと違う音がしていないか。

建物に無理な力がかかっていないか。

もちろん、建物を傾かせることはできません。

特にコンクリートの建物は重量が大きく、それを支える道具や設備も大きくなります。

時間もかかる。
危険もある。

だからこそ、小さな変化にも気を配ります。

さらに曳家では、人が建物を使ったまま工事をすることもあります。

そんな現場では、工事だけを考えればいいわけではありません。

人が出入りできるようにする。

水道を使えるようにする。

そこで生活している人のことまで考えながら工事を進めます。

建物を「動かす」だけではない。

その建物がどう使われているのかまで考えることも、曳家の仕事の一部です。

「やって当たり前」

工事が終わったあと、お客様がわざわざ会社までお礼に来てくださることもあります。

それでも本人は、こう言います。

「仕事は、やって当たり前」

感謝されるためにやるわけではない。

頼まれた仕事を、自分の仕事として、最後まできちんとやる。

とてもシンプルですが、51年間現場に立ち続けてきた職人の仕事に対する姿勢が、この言葉に表れているように感じます。

続けてこられた理由

では、なぜ51年間もこの仕事を続けてこられたのでしょうか。

答えは、とてもシンプルでした。

「同じ現場が一つもなくおもしろかった、好きだったので続けてこれた」

恩田組のいいところを聞くと、

「誰もできないことをやらせてもらえること」

と答えてくれました。

同じ仕事を繰り返すのではなく、現場ごとに考える。

時には、自分で道具まで作る。

そして、普通なら壊してしまう建物を、壊さずに残す。

そこに、この仕事ならではの面白さがあるのだと思います。

特に、歴史のある建物や大切にされてきた建物を、次の世代へ残していくためにも、曳家という仕事がこれからも続いてほしい。

そんな思いも話してくれました。

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最初は誰でも「うまくいくかな」

最後に、

「どんな若手が、この仕事で伸びていくと思いますか」

と聞いてみました。

返ってきたのは、意外にも「器用な人」でも「最初から自信のある人」でもありませんでした。

「うまくいくかな、と思いながらやるんだよ」

一つの仕事をやってみる。

終わったら、また次の仕事をやってみる。

そうやって一つずつ経験していくうちに、できることが増えて、少しずつステップアップしていく。

51年のベテランでも、新しい現場では考える。

「どうやったら、うまくいくか」

その繰り返しです。

最初から何でもできる必要はありません。

分からないから考える。

やってみる。

うまくいかなければ、また考える。

そして、いつか道具づくりのように、その試行錯誤そのものを面白いと思えるようになる。

必要なのは、最初の

「ちょっとやってみたい」

という気持ちなのかもしれません。

恩田組では、そんな一歩目を踏み出す仲間を探しています。

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