
【中編】10メートル高い場所へ、記憶ごと家を運んだ話

前回、「恩田組の技術には届かない範囲がある」という話を書きました。今回は逆に、恩田組が実際に何をしてきたか、現場の話を書いてみたいと思います。
依頼のきっかけとして一番多いのは、道路拡張や区画整理といった、役所側の都合です。自治体から恩田組に話が来て、そこから施主の方を紹介してもらい、個人として契約を結びます。今回ご紹介する現場も、そういう流れで始まりました。
もともと低い場所に建っていた家を、50メートルほど離れた、10メートル高い場所へ動かす工事でした。数字だけ見ると単純そうですが、建物を持ち上げたまま長い距離を運ぶというのは、想像以上に時間のかかる作業です。
途中、忘れられない出来事がありました。建物を高い位置に持ち上げたまま、地震と雪に見舞われたのです。家が宙に浮いたような、不安定な状態のときに自然の力が重なる。現場にいた人間からすると、正直、気が抜けない場面でした。
工期はだいたい1〜3ヶ月です。費用は建て替えよりは安く済みますが、建物の状態や築年数によって変わり、目安としては新築時の2分の1から3分の2くらいになることが多いです。実際の金額は、事前に調べてみないと分からない部分も大きくあります。
現場での苦労も、書いておこうと思います。最近は現場の管理や置き場所に関する規制が厳しくなってきていて、天候にも左右されます。雨が続くと鉄板の上が滑りやすくなったり、家の下に水が溜まって作業が止まってしまったりすることもあります。地味ですが、そういう積み重ねの仕事です。
なぜ、壊さずに動かすことを選ぶのか
依頼のきっかけは、先に書いたとおり区画整理や道路拡張が一番多いです。つまり、施主自身が望んだというより、そうせざるを得なかったケースです。
ただ、なかには自分の意志で曳家を選ぶ方もいます。これまで関わった現場で、特に忘れられないのは「亡くなった家族の思い出がある家だから、壊したくない」という理由で曳家を選ばれた方でした。
建て替えたほうが安く、早く済むこともあります。それでも、その場所と建物に残った記憶ごと残したい、という人がいます。曳家という仕事は、そういう「壊したくない理由」を持つ人のための選択肢でもあるのだと、この現場を通して改めて感じました。
(後編に続く)
